【今月の言葉】

 「出会いは人生を豊かにし 別れは人生を深くする」お釈迦様がお説きくださいました<縁起〉を分かりやすく説明された言葉です。同じ意味の言葉に「袖振り合うも多生の縁」があります。人との縁はすべて単なる偶然ではなく、深い因縁によって起こるものだから、どんな出会いも大切にしなければならないという仏教的な教えなのです。「多生」とは、六道を輪廻して何度も生まれ変わるという意味で、街中でちょとすれ違った時に袖を触れ合うような出会いでも前世からの因縁によるものなのだから大切にしなさいという教えです。

 そして大切な人との別れは、人生の生きざまに大きな影響を与えます。法然上人のご法語の中に

「会者定離は常の習い今始めたるにあらず 何ぞ深く歎なげかんや 宿縁空からずば同一蓮に座せん」

  これは、「生きていれば別れは必ず来るもの。今に始まったことではありません。どうしてそんなに深く嘆くことがありましょうか。この世でのご縁がかりそめでなければ、往生の暁にはお浄土で同じ蓮の(うてな)に座りましょう」とみなを慰めている言葉です。さらに上人は「南無阿弥陀仏とお念仏をおとなえすれば、たとえ離れていようとも心は通じていますよ」ともおっしゃっています。
 いつ、どのような形で愛する人や知人、縁者との別れが来るかわかりません。この瞬間は二度と訪れることはないのです。だからこそ、相手に対する言葉遣いや行動を日ごろから振り返り、お互いが〝またお浄土で会いたい〟と願うことができるように、相手を思いやる、感謝の言葉を贈って、悔いのない日々を過ごしてまいりましょう。

先月、723日嫁のお父様がお亡くなりになられました。生前のお仕事は技術者であり厳格なお父様で、女の子3人を自らの背中で育て上げ、伸び伸びと優しく思いやりのある娘に育て上げられました。いろいろなエピソードがあり、99歳の母親を看取り、兄弟にお別れを告げにアメリカに行き、亡くなる2か月前に家族で自らのお葬式について話し合われました。

 石原慎太郎氏の「スパルタ教育」という著書の中に、

『親の最後の教育は 自らの死である』

と出てきます。正に三人の子供に

「命とは、生きるとはどういうことか」を身を以て教育して旅立たれました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。南無阿弥陀仏