令和2216日、野球人として好意を寄せていた野村克也氏が、84歳でお亡くなりになられました。野球を通し人間を育てられた監督で、教え子が今日本のプロ野球をささえています。その追悼番組を見ていますと自らを「月見草」と称し、エリート街道を歩んできた巨人の王貞治、長嶋茂雄のONを「ヒマワリ」にたとえて、反骨精神で偉業を成し遂げた功績を紹介していました。その中で、出身地である京丹後市網野町のお墓が映りました。お墓の前には

 

 

 

「感謝とは感じて謝ること 親孝行したいときには親はなし。」

と墓誌に刻まれていました。日本海に面した丹後半島の網野町で育ち、父を亡くして新聞配達をしながら家計を助けた野村克也さん。2009年11月21日に京都府京丹後市の市制5周年記念式典で名誉市民顕彰を受けた際、野村さんはあいさつ中に涙をこぼされました。その後の記者会見で涙の理由を説明し、母への思いを語っておられます。

「まいった。何でだろう。涙もろいなあ…。墓参りしたのが悪かったな。母親がからむと弱いんですよ。子どもの時からずっと、母親の苦労する姿ばかり見て育ってきたものだから、余計に母がからんでくると、駄目なんだよね。どうしようもない。おふくろっ子だからな。みなさんも何の涙か、みんな分かんなかっただろうと思うけど、母親の涙です。」

 お釈迦様は「父母恩重経」という教えをを説かれました。その中に

【遠行憶念の恩】

もし子、遠く行けば、帰りてその面(おもて)を見るまで、出でても入りてもこれを憶(おも)い、寝ても覚めても、これを憂う。

【究竟憐愍(くきょうれんみん)の恩】
己れ生ある間は、子の身に代わらんことを思い、己れ死にさりて後は、子の身を護(まも)らんことを願う。かくの如き恩徳、如何にして報ずべき。

と親の恩を諭しておられます。

 「感謝とは感じて謝ること。」春季彼岸に当たり墓前にて、この言葉を深く味わいましょう。