【今月の言葉】 

1123日は勤労感謝の日、昭和23年、祝日法で「勤労をたっとび、生産を祝い、国民が互いに感謝しあう日」と定められ、今日に至っています。

 こんな法話があります。800年頃の中国ある道場での話。ある日、山の木の手入れをするのに、道場総出で、はたらきに出る日がありました。師は齢を重ねて80歳。弟子たちは師のからだを気遣い、「私たちでやりますから、師は休んでて下さい」と願い出ましたが、師は「そうはいかぬ」と率先して出てきます。この行動を予期していた弟子たちは、師がはたらけないように道具を隠してしまいます。師はその日、休むことになりましたが、食事をとりませんでした。

「なぜ、食事をなさいませんか?」

「働かぬということは、その日を成していない。 だから、食べないのだ」

1日のみならず、3日たっても師は食事をとりませんでした。

 「一日なさざれば、1日食らわず」と答えました。

 「一日生きたら、そのお礼に一日勤めをしなければならない。それが出来なったから、食事はいただけないのだ。」と箸をとらなったのです。弟子たちはそのことに気つき、隠した道具を取り出してお詫びしやっと許されたという話があります。

 これは「働かざる者は食うべからず」という考え方とは、まったく異なります。仏教では「作務」といって、生かされていることに感謝し作業をすることをいいます。日常働く生活が、感謝の報恩行であり、仏道修行なのです。

 「働く」とは「傍(はた)の者を楽にする」言う意味もあるのです。

 僧侶の修行中、食事を頂くときの五つの偈文をお唱えします。

◎一つには「功の多少をはかり、()(らい)(しょ)をはかる」

この食事は多くの人々の苦労を経て食卓に出されています。その事に思いを致し感謝して頂く事。

◎二つには「己が徳行(とくぎょう)全欠多減(ぜんけつたげん)をはかる」

この食を頂くに足りる資格があるかどうか、自身をよく省みて食事をすると言う事。

◎三つには「心を防ぎ(とが)(あらわ)すに三毒に過ぎず」

不平を言わず、欲を離れて自身の心を正しく整える事を誓うと言う事。

◎四つには「まさしく良薬を事として形苦を済うことを取る」

食事は美味飽食を求める為ではなく、健康な身体と正しい心を保つ為に頂くと言う事。

◎五つには「道業を成ぜんが為にして世報は意に(あら)ず」

 自分自身の欲の為ではなく、人として真実の道を歩み、御仏の教えを守って生きる為の食事であると言う事を意味します。